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The Dangers Of Banning Standard Magic Cards

http://www.starcitygames.com/article/34534_The-Dangers-Of-Banning-Standard-Magic-Cards.html

 

 先月、《約束された終末、エムラクール(EMN)》《密輸人の回転翼機(KLD)》《反射魔道士(OGW)》の3枚がスタンダード禁止リストに加えられた。構築代表たるスタンダードはカードに寛容なフォーマットだったため、突然の禁止は前例のないことだった。

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  ここ10年では、スタンダードの禁止は一度だけあった。精神を刻む者、ジェイスと石鍛冶の神秘家だ。どちらも目に余るほど強く(レガシー、ヴィンテージ級だと証明された)、色さえ合えばあらゆるデッキに入ると云って善く、カウブレード一強環境を作り上げた。対して今回の禁止は質が異なる。積極的なフォーマット調整の幕開けになったからだ。

 禁止アナウンスで触れられているが、改定頻度の倍化も同時に発表された。Sam Stoddardも言っているようにもしこの措置が早めに取られていたならば、前シーズンで《集合した中隊/Collected Company(DTK)》は禁止の仲間入りをしていただろう。

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 率先して環境に働きかけるというのは概して、大胆で賢明であると好意的に取られるものだ。3種のカードが環境の多様性を阻害していることが改訂の背後にあると、Owen Turtenwaldが動画でわかり易く説明してくれた。禁止によって既存の環境はリセットされ、新たな可能性を模索する余地が生まれる結果となった。

 深読み

 今回は好意的に受け取られたが、過去の禁止カード声明、及び理由に目を向けよう。ミラディン期の禁止について、 Aaron Forsytheはこのように語っている

出来ることなら禁止による環境是正はしたくない。それは恐怖心を煽ることに繋がるからだ。DCIがプレイヤーの資産の生殺与奪を握っているなんて思い込んで欲しくない。

  だがそれは2005年の話だ。デジタル化によって事情は大きく変化した。mtgは一方ではトーナメント結果の共有やデータ解析の形で恩恵を受けると同時に、他方でHearthstoneのようなデジタル世代の商売敵の脅威に晒されることにもなった。彼らはリリース後であってもバランス崩壊カードを間断なく追加することが出来る。それを思うと今回の変更に驚きはない。ただ、そこに至るまでの議論や戦略ははっきりと提示されていない。考えを深めるために、積極的な禁止措置が危険な理由をいくつか述べていこう。

1.禁止によって参入障壁が高くなり、プレイヤーの信頼が失われる                                         

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  Aaron Forsytheの言葉の繰り返しになるが、突然の禁止はプレイヤーの資産を予告なしに損なうという結果になる。例えば、《密輸人の回転翼機/Smuggler's Copter》と《約束された終末、エムラクール》の価値はリアルでは半減、MOでは1/10にまで下がった。一夜にして4枚セットの価値が20~80ドル下がったことになる。言うまでもなく、レア目当てでパックを剥いても出てきたカードが使えないのなら、購買意欲をなくすのは言うまでもなく、スタンダードをやる気も失わせる。

 競技mtgには金がかかる。使える期間の限られているものは特にそうだ。2014年のスタンダードローテーション変更が白紙に戻ったのも、プレイヤーの多くが「追い続けるのが難しい」「新規・カジュアルに厳しい」と感じたからだ。GP参加費が100ドル以上と定められたことについて、Paul Rietzlは「こんなに高いんじゃGPはトーナメントmtgの入り口として機能できない」と懸念を示した。高くなり過ぎるなら、金銭的余裕のない子供・親はテレビゲームなど他の趣味に移る。当然だ。禁止改定の変化は、この問題に拍車をかける。

 金銭的問題には別の側面もある。禁止の前例が作られ、これからも起きうると予想されるなら、プレイヤーはスタンダードへの投資を躊躇するようになる。積み重なれば、スタンダードそのものへの興味を失う。

 プレイヤーのモチベが保たれ、禁止によって失った金はそれらが抑えつけてきたカードの高騰によって埋め合わされるのなら、積極的な禁止改定も負担にならないという反論はあるだろう。WOTCは後調整で新セットを売りつけ、プロは既存メタの崩壊で得をする。ショップに至っては大儲けするかもしれない。しかしそれは、使えないカードを掴まされるカジュアルプレイヤーが割を食っているのだ。もう一度言おう。これは一回限りではなく、幾度も起きる問題だ。

2.禁止はプレイヤーの問題解決能力を養わない

 

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 かつて私は、リチャードガーフィールドに質問を投げた。「競技mtgを追っているか?もしそうなら、記憶に残っているのはどの時代なのか?」と。彼は答えた。

R:私が好きなのはあの時代…「ネクロの夏」だ。禁止にしろとの声が大きかったが、敢えてしなかった。環境は面白い姿を見せた。ネクロデッキが大半だったにせよ、バリエーションがあったしメタデッキも現れた。

筆者:1996年アメリカ選手権のターボステイシスやアーナムゲドンみたいな?

R:その通り。多くを学んだよ。アーキタイプが混在した環境が必ずしも最良とは限らない。メタがはっきりした環境でも面白さがある。常々思い続けてきたことなんだが、ゲームデザイナーとして解決策を提示するより、プレイヤー自身に解決を模索させるべきなんだ。

  この問題解決にまつわる展開は、固定化した・環境後半の構築フォーマットについても同じことが言える。プロツアーM15の時点で、メタは青単信心、黒単信心、青白コントロールのジャンケンゲームに陥っていると散々言われていた。確かに、群れネズミやスフィンクスの啓示のようなパワーカードによって規定されていたのは明らかだ。しかしながら、実際のプロツアーはそれまで青単信心に絶望的と思われてきたジャンドPWや緑白+@アグロがメタに風穴を開け、数字の上で結果を残した。環境があと1~2か月続いていたのなら、より高次のメタに移行したのは間違いない。

 直近のスタンダードでさえも、黒緑高揚と青白フラッシュに支配されたPTカラデシュ以後に更なる変化を見せた。デッキビルダーLogan Nettlesが緑赤霊気池を生み出し、次なるメタサイクルが動き出した。

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 構築マジックは強すぎ、ぶっ壊れ、クソゲーカードの歴史であり、それらはデザインの手抜かりと見做されがちだ。当然誰もが使い、エターナル環境でも採用される。ただ、マジックの面白さとは、開発の意図する多様・均質で相互作用のある理想的なメタが実現されたときばかりではない。メタの膠着はデッキの選択肢を狭めると同時に、それを打開したとき全く違うメタが見えて来るという面白さを持つ。同様に、デッキ構築もまっさらな環境初期だけが面白いという訳ではない。雑多なデッキが強力なアーキタイプに駆逐されたのち、小さな発想の転換が環境のソリューションとなることにも、楽しさは宿る。

 Mike Floresが先週のpod castで的を射た言葉をのこしている。

 コプターはクソじゃない。スタン最強のカードだというなら、それで良いじゃないか。梅澤の十手でも同じことを言うよ。カードが流行れば、それを軸にしたデッキが出て来る。敵を知ることで他を先んじた新しいシナジー、別のアプローチが見えて来る。突如現れた《秘蔵の縫合体(SOI)》デッキ、《屑鉄場のたかり屋(KLD)》デッキは従来キワモノ扱いのデッキだったから、コプターによって新たに発見されたと言える。面白いだろ?

 Mikeは禁止直前に作ったデッキを別例として挙げている。全除去を8枚積んだ白緑霊気池は普通なら過剰なものの、エムラデッキに対して抜群に効く。

 Chapinの返した言葉も説得力がある。その手の問題解決は発想力のある人だけが楽しめるものであって、万人に可能とは云えない、と。mtgの楽しみがそれだけとは言わないし、言うべきではない。だが、積極的な禁止は問題解決の持つ玄妙さ、面白さ、達成感を奪うのだ。

3.禁止によってプレイヤーはイラつきやすくなり、堪え性がなくなる

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 不平不満に軽々しく禁止で答えると、それを当たり前だと思う風潮になる。メタが固まると、突出したデッキが他を淘汰していく。その興亡にプレイヤーは敬意を払わなければならない。ここに至り、プレイヤーには2つの選択肢が与えられる。コピーか、メタるか。トップメタに対抗するには、環境を具に眺め、マイナーチェンジを重ね、メタデッキを理解しなければならない。

 この段階になると、「あー最強デッキのある環境はつまんねーなー」と嘆く声が上がり始める。プレイヤーの採る行動は二つ。メタを受け入れ(コピーか、メタか)てプレイするか、クソ環境だと主張し続けるか。WOTCが禁止という形で後者を肯定してしまえば、フォーマットへの暴言が正論としてまかり通るようになる。結果、スタンダードそのものがクソフォーマットだという意見まで上がることになる。

 Stoddardは禁止改定システムの変更が早かったなら《集合した中隊/Collected Company(DTK)》は禁止になっていただろうと語る。しかしもし、変更が数年前の時点で行われていたのなら《先祖の結集/Rally the Ancestors(FRF)》《ヴリンの神童、ジェイス/Jace, Vryn's Prodigy(ORI)》《時を越えた探索/Dig Through Time(KTK)》《思考囲い/Thoughtseize(THS)》のせいでスタンダードはつまらないという意見はより大きなものになっていただろう。

4.禁止は最良の解決法ではない

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  どのゲームも、プレイをしている間に固有の問題が見えて来る。それが野球であれ、カタンの冒険者であれ、ルールがあることで取り組み甲斐のある面白い課題が立ち現われ、解決に向かって様々な試行錯誤が繰り広げられる。ゲームのプレイ、観戦の妙味というものは、どのアプローチがどういう点で他に抜きんでるのかを見つけ出すことにある。プロツアーはフォーマットに対するのプレイヤーの考えが一堂に会する舞台であるが、それが通用するのかはスイスラウンドの中で証明されていく。最高のプレイヤーによるマッチが繰り返されることで、フォーマットごとの特色はあるにせよ何故特定のアーキは優れているのかが見えてくる。

 つまるところ、日夜プレイヤーが頭をひねっている問題をWOTC側が解決したのでは、考察と学習の経験を奪うことになる。問題はもはや、後調整によって開発が好き勝手に手を加えるものになってしまった。その複雑さ、楽しさは本来、デザインによって作り出されるものではなかったのに。かつてはゲームをダイナミックにするものだったのに。

 

 以上が(特にスタンダードにおける)積極的な禁止改訂に対する懸念となる。禁止自体が過ちだったとは言わない。WOTCにとって喫緊の課題を解決すべく取られたものだと推察されるからだ。WOTCの最近のデジタル押しと開発の様子を見るに、MTGをデジタル媒体に適合させ、利益創出を行おうと苦闘しているのは明らかだ。だがデジタルには長所短所両面がある。

 デジタル媒体・支払いに移行するのは良いが、紙mtgの良さを失えば、Hearthstoneのごとき優美さを欠いたものになってしまう。デジタル化への潮流には別の不安もある。MTGのアナログ感は、ある意味でデジタルで再現不可能なのではないか。実物のカードは一瞬で作り出せないし、複雑な盤面はタブレットよりもテーブルの方がプレイに適している。

 禁止方針の変更はデジタル時代の他ゲームへの対抗策の一つなのだろう。Hearthstoneのようなゲームと同じ程度にまでゲーム環境を不安定化させるのは、見かけより危険だ。さてさて、新たな問題が浮上した。ついこの間、プロツアー霊気紛争でトップ8を機体アグロが占める結果となった。

 どうするつもりだい?